2008年01月18日

あれから13年@



1995年1月17日午前5時46分。
兵庫県尼崎市塚口に住んでいた私は、阪神・淡路大震災の直撃を受けた。

当時、引っ越し屋でアルバイトしていた。
17日は休みだったため目覚まし時計をかけずに寝ていたのだが、暗いうちに目が覚めた。
おそらく余震だったのだろう。

その直後、例えるなら巨大なモグラが南から北へと地中を走り抜けて行くような激しい揺れ。
反射的に布団をかぶったのだが、
『ゴン!』
ヘルメットが頭に落ちてきた。

『イテテ…』
と思う間もなく、
『ガチャン!』
今度は卒業記念にもらった部旗の額が落ち、ヘルメットにぶつかって割れた。

『あ〜あ』
と思いつつテレビを点けると、早速地震速報が。
慌てて実家に電話をかける。

『ん?地震??』
と、寝ぼけ声の母。
当たり前だ、こっちの方が震源地に近い。
その後、電話は通じなくなった。

しばらくするとテレビが消えた。
停電になったのだ。
夜が明け明るくなってきたので、仕方なく起きる。
まだ事の重大さには気付いていない。

顔を洗いトイレを済ませた。
その数時間後には、水道も止まった。

1時間ほど経った頃か、ふいにテレビが点いた。
画面に映し出されたのは、大きく傾いた阪神高速。
『なにーーー!!!』
そこでやっと現実を把握した。

取り急ぎ原付に跨り、バイト先に行った。
それでも出勤した人たちは現場に向かっていた。
事務所は電気も電話も通じず、営業車の無線だけが頼り。
本社や現場とやり取りしながら、なんとかその場をしのいでいた。

…続く
posted by kame at 01:29| 岡山 晴れ| Comment(0) | TrackBack(0) | 独り言 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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